2017年01月14日

島田紳助さんの近況を兄弟子・洋七が語る(1.13)

お笑いタレントの島田洋七(66)が13日、TOKYO MXのバラエティー番組「バラいろダンディ」(月~金曜・後9時)で、2011年に芸能界を引退した弟弟子の島田紳助さん(60)の近況について語った。

 番組ではネットメディアが紳助さんのテレビ復帰可能性を報じたことを紹介。番組MCの洋七は他の出演者から紳助さんの最近の様子について聞かれると「知っていますよ。だけど、『復帰』とは自分では言わないね。ただ俺としても、芸能界としてもああいう才能をあのままにしといたらあかん。全然違うって、若い奴が司会をやっているのと。だから俺も法律(行列のできる法律相談所)とかにもよう出ていたけれど、(視聴率)25(%)やで。ないもん、今のバラエティーで。あること、ないこと作ってすぐ(相手に)戻すしな(笑)。そこがうまいのよ。もったいないって」と話した。

 さらに「2週間前も電話でしゃべったけれど、復帰する、せんは悪いから言わん。俺も。やっぱり本人が一番気にしていることやから。それより昔話をして笑かしたり、ハワイ一緒に行こか? とかね。そっちのほうなんですよ」、「メール見ていたら分かる。長いもん。(読むのに)3分間くらい。ずーっと。やっぱり何かが寂しいのよ。言いたいのよ。だからほんま、紳助がテレビ出たら応援して欲しいと思う。素晴らしい」と弟弟子の才能を絶賛した。

 また紳助さんがかつて総合司会を務めていたTBS系のバラエティー番組「オールスター感謝祭」の第1回放送(1991年秋)でのエピソードとして「弟弟子がこういうことやって、(放送が)終わった瞬間に『すごいな。よう200人をまとめたな』と。(すると)泣いて『4、5日前からほんと寝れなかった。俺でいいのかな? と。ありがとうございます』と(留守電に)入っていた」と明かした。

 洋七は「捕まったわけでもないのに、(芸能界を引退して)長すぎると思わん?」と口にしていた。






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2017年01月13日

松方弘樹、10万人に1人の病気「脳リンパ腫」で「ほとんど言葉も出ない…」

 松方は今、釣り船ではなく、病床で闘っている。著書『松方弘樹の世界を釣った日々』(2016年3月、宝島社)の出版を目前にした昨年2月、頭痛や体のしびれなどを訴えて医師の診断を受けた松方は、そのまま大学病院への入院を余儀なくされた。
「入院時には右手右足に軽いしびれがありました。開頭して生体検査を行った結果、脳リンパ腫であることが判明したんです」(病院関係者)

「脳リンパ腫」とは脳の深部にできる悪性のリンパ腫で、発症率は10万人に1人という非常に稀な病気だ。腫瘍の場所によって体の麻痺や失語症、視力・視野の障害や認知能力の低下といったさまざまな症状を引き起こす。また、腫瘍によって脳が圧迫され、激しい頭痛や嘔吐に襲われることもあるという。松方の知人が言う。
「腫瘍が脳内にあるため手術で病巣を取り除くことは難しいらしく、松方さんは放射線治療と抗がん剤治療を中心に取り組んでいます。ところが昨年秋頃、ちょうど抗がん剤を投与しているときに脳梗塞を起こしてしまったそうです」

 脳リンパ腫によって脳にストレスがかかったり、抗がん剤を使う“副作用”で脳梗塞を併発する例は少なくないとされる。松方の場合はそれが抗がん剤をまさに投与中だったので、一時的に脳リンパ腫の治療を中止せざるをえなくなったという。
「しばらくして再開しましたが、その後もさらに小さな脳梗塞を2度起こしてしまったようで、腫瘍の治療が思うように進んでいないようです」(前出・知人)

 そのため、松方の容体はかんばしくない状況が続いているという。
「体を自由に動かすことが難しくなり、自力でベッドから起き上がることができない状態なので、秋頃から移動はすべて車椅子です。調子のいい悪いはありますが、この年末年始はほとんど言葉も出なくなっています。意識も混濁することが多くなり、病室を見舞った人の顔を見ても誰だかわからないような状態だったそうです。容体は一進一退。一時的に危険な状態に陥ることもあるようです」(別の松方の知人)

 昨年春の入院当初は、大学病院のVIP個室にいたという松方だが、いつ仕事に復帰できるのかもわからない中で、経済的にも厳しい状況に追い込まれているという。
「昨年の秋頃には個室ではあるが、かなり狭い部屋に移ったそうです」(前出・病院関係者)
 病室では25年間、松方と暮らしている事実婚の女性が毎日、朝から晩まで寄り添っている。
 松方のマグロの最高記録は361kg。もう一度、大海原で釣り竿をしならせ、大物を釣り上げる松方の姿が見たい。




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2017年01月09日

ダウンタウン松本人志のお兄さん 今、何してる?

ダウンタウンの番組に以前、松本人志の家族がちょくちょく顔を出していた。とりわけ、兄の隆博さんは歌を披露するなど存在感をアピールしていたが、最近はあまり見かけない。隆博さんは今、どうしているのか。

■弟・人志の話だけで続けてはこれられない

 隆博さんに会ったのは、埼玉のとある県立高校の会議室。つい先ほどまで、体育館で70分間の“講演コンサート”を行っていたのだ。

「高校、中学、小学校、それに幼稚園にも行きますね。年間50回くらいでしょうか。企業や各種イベントを合わせると、全国で年200回ほどになります。『働くって何?』『なんで勉強せなアカンの?』『生きるとは?』といったことが主な演題です」

 なかなか壮大な話だが、きっかけは何だったのか。

「2008年に『松本兄のng』というエッセー集を出版しましてね。その本のテーマが働くって何……だったんです。だから、最初は本の内容に沿って話をしていて、合間に自作の歌を1、2曲くらい入れていました。それが、最近はもっと歌を増やしてくれと言われるようになって、今の講演コンサートという形になったんです」

 隆博さんは、08年にシングル「お母ちゃんの言うとおり」でメジャーデビューした歌手でもある。講演コンサートではフォークギターを弾きながら、家族愛や人生をテーマにしたメッセージ性の強いオリジナルソングを歌っている。




 講演のトークには弟・松本人志の話題も入れる。

「みんなが人志の話を期待してるのはわかってますから。でも、人志の話だけで8年も続けてはこられません。サービスで話してるのは聞いてもらえばわかるし、人志も“オレの名前を使うて軽い気持ちでやって”とは思ってない。『弟の七光』という声は、時間が解決すると思うてます」

 最近は兄弟で見かけることは少ない。今でもたまに会ったり、一緒に食事をしたりしている?

「いや、ないですね~。直近で言うと、おやじが亡くなった2年前かなあ。人志は30~40分で行けるくらいの場所に住んでますけど、お互いに家庭を持ってるし、忙しいからね。もっともボクは最近、離婚しましたけど……」

■銀行などに勤めた元サラリーマン

 さて、隆博さんは兵庫県立尼崎北高校を卒業後、大阪電気通信大へ進学。NSC(吉本総合芸能学院)から、お笑い芸人になった弟とは違い、銀行などに勤めて堅実なサラリーマン人生を歩んだ。25歳で結婚。2男1女をもうけている。

 40歳の年に単身赴任で上京。42歳でITベンチャー企業「ヒューマックス」を立ち上げたが、09年に退社した。




「当初は、ライブ活動と会社の二足のわらじで頑張ってたんですが、赤字になってしまってね。責任を感じ、どちらかを選ぶことになって、会社を人に譲ったんです。子供の頃から素人の出る歌番組なんかに出て、芸能の仕事が好きやった。でも、長男やから、親が喜ぶ進路を選んだんやと思います」

 今は「55歳まで生きてきたから、いろいろやるんですわ」と隆博さん。講演やライブ活動のほか、母校の大阪電気通信大などで特別講師、楽曲提供から企業のコンサルティングまでこなす。

 3年前に関西に戻ったが、15年1月に活動の利便性を考えて再上京した。

「全財産をはたいて、世田谷のマンションを買いました。高かった? そら、高いよ。でもボク、記者さんが思うてるよりは稼いでますよ、ハハハ。まあ、人志はボクの年収の100倍やと思いますけど。対抗心はありません。人志は飛び抜けてるし、芸歴は29年。ボクは8年です。比べんといて(笑い)」

 そんな隆博さん、バラエティー司会から“ご意見番”のポジションまで固めつつある弟・松本人志をどう見ているのか。

「いらんことを言ってしまったら足をすくわれる。でも、人志らしい新しい切り口でしゃべらなあかん。だから、言葉を選んでコメントしてるのがわかる。すごいなあ、と思って見てます」

 優しいお兄さんだ。
posted by 得笠野 哲太 at 11:31| あの後どうなった? | 更新情報をチェックする

2017年01月07日

モンスターボックス引退の池谷直樹、年収1000万から300万に激減!

スポーツバラエティ番組で「モンスターボックス」と呼ばれる巨大跳び箱に挑戦し有名になった池谷直樹だが、昨年引退を表明。そんな彼がWEBマガジン「週刊ジョージア」の「ほろ苦インタビュー」に出演。現在の状況を語った!!
【写真】池谷から読者への直筆メッセージ!「失敗なんて…」
■ 社長になり年収激減!?
――昨年の「最強スポーツ男子頂上決戦」で、20段が跳べなかったということで引退を。

まあ、年齢もありますからね。そろそろ、若手に道を譲らないと。
それに、僕は今「サムライ・ロック・オーケストラ」(以下、サムライ)という会社を経営していて。
「マッスルミュージカル」など、筋肉を使ったパフォーマンス公演の主宰・総合演出をしているんです。
少しずつ、そっちに主軸を移しているというのも理由ですね。

――社長業を?すると、正直なところ「スポ男」で頑張らなくても、もうかるようになったから引退とか…。

いやいや!全然ですよ!!
借金して会社を立ち上げたんですが、本当にもうかりません(笑)。
出演者へのギャラとか、場所代、移動代などを払って…僕個人の手元に残るのは少しだけ。
タレントとして仕事をたくさんしていたときは年収1000万くらいだったんですが、今はその3分の1…300万くらいですよ。
しかも、ほとんど休みなしで働いているから時給200円とかかな(笑)。

――えっ、では、タレントだけやっていた方が良かったのでは…なぜ、経営を?

元々「マッスルミュージカル」は違う人が主宰していて、僕は出演者の1人だったんです。
2001年にスタート。2007年には渋谷に常設会場もでき、年間約300公演、ほぼ毎日やってもお客さんが入るくらいの人気公演で。
ショービジネスの本場、ラスベガスでもやったりしました。

――すごいですね。

僕はメイン演目のひとつである跳び箱を跳んでいたんですが、途中から座長になり。
制作サイドと話し合ったり、演出の手伝いをしたりもしていて、
「このまま続くなら、いつかは総合演出とか、制作側の仕事もせなアカンのかな」
と考えていたんですよ。
でも…公演自体が2011年の震災をきっかけにストップして。
復活の見込みがなかったんです。




――震災の影響がそんなところにも…。

僕は、きっかけはテレビでしたが、定期的に「マッスルミュージカル」に出演させてもらうことで、食べていくことができました。
だから、本当に感謝していたんです。
また僕以外にも元スポーツ選手がたくさん出演し、活躍の場となっていました。
でも、その人たちの働く場所がなくなってしまったんです。
だったら、「自分で作るしかないな…」と。
■ 初公演で“悪い大人”にダマされ借金…
――そんな理由があったんですね。

でも、大変でしたよ。
色々な手続きに時間がかかり、正式に「マッスルミュージカル」の名前を継いだのは2016年なんですが。
震災の翌年、2012年には僕が主宰の公演を行っていたんです。
その最初の公演で、「お金を出す」と言ってくれた人にダマされ、追加で借金ですよ…(笑)。

――ダマされた?

約束では、その人がお金を出して、制作はうちの会社が行うことになっていたんです。
だけど始まってみると、お金が不足していると。
どうやら、その人も自分のお金ではなく「池谷直樹がこんなことをやるから、みなさん制作費を提供してください」と、集めていたようなんですね。
そして、そのお金の一部を、こちらに回さず自分の会社に入れていたみたいで…。




――そんなことが…。

本当なら10都市公演のハズだったんですが、九州に行くにはお金がないと。
だから、九州公演はチケットも売ってしまっていたのに中止ですよ。
結局は1000万円くらい赤字になり、僕が自腹を切ったり、借金したり…スタートから“苦い”経験を味わいました。

――大変でしたね…。

だけど、最悪は自己破産すればいいかなって(笑)。

――ええっ!

それくらいの“覚悟”ということですけどね。
僕は…体操選手としてはオリンピックに出場できなかった。
銀メダリストであるアニキ・池谷幸雄にコンプレックスもありました…というか、今でもあるんです。
でも、偶然が重なりこういう形で食べていけるようになった。
一方で、日本代表クラスになっても、引退後はそれを仕事に繋げられないという人もたくさん見ていて。
だから、そういったアスリートのセカンドキャリアの場として「サムライ」が機能するようにしたいんです。
パフォーマーとして出るだけじゃなく、社員として働いてもらうことも含めて。

――そういった方も?

ええ。出演しながら、営業をやっている人間もいます。
だから…立ち上げのときに8000万くらい借金して、それを返しつつなんとかやっていますが、続けられればいいんですよ。
ダマされたって、失敗をしたって、継続していれば“簡単に跳び越えられる”ときが来ると思っていますから。
posted by 得笠野 哲太 at 13:25| あの後どうなった? | 更新情報をチェックする

2016年11月28日

タイガー・ウッズは今何している? 「僕は死んでいない」とコメント

米スポーツ専門局、ESPN(電子版)は27日(日本時間28日)、昨年8月以降、試合から遠ざかっている男子ゴルフ、タイガー・ウッズ(40)の長文記事を掲載。自身がホストを務める「ヒーロー・ワールドチャレンジ」(11月29日~12月4日、バハマ・アルバニーGC)の出場に意欲的であると伝えた。


 同サイトは、ウッズが目前に迫った主催イベントに向けて準備を整える姿を描写。「僕は死んでいない」とのコメントともに約1年4カ月ぶりの実戦復帰に意欲を見せているという。


 現在は、使用契約を結ぶナイキ社から送られてきたクラブの選択作業に追われているとか。ただし、今大会で使用するボールは同社のものではなく、ブリヂストン社製だと明かし、「もっとも重要なものはボール。バッグの中で一番大切なクラブはボールです」と話したという。





 ウッズは3度の腰の手術をへて、10月に開催されたPGAツアー「セーフウェイ・オープン」(カリフォルニア州シルバーランドCC)での復帰を表明しながら準備不足を理由に開幕直前に出場をキャンセル。しかし、今回は直前の練習でドライバーで300ヤード以上を飛ばし、鋭いショットを見せるなど、「準備はできている」と体調のよさをアピールしているという。


 同イベントは世界ランク上位者と主催者推薦、ウッズを合わせた18人が出場するPGA非公認のチャリティー大会。賞金総額350万ドル(約3億9000万円)、優勝賞金100万ドル(約1億1200万円)。日本の松山英樹も出場選手に名を連ねている。
posted by 得笠野 哲太 at 14:50| あの後どうなった? | 更新情報をチェックする

パッション屋良の今 トレーナー業で極貧脱出

 白い体操着で胸を叩く芸風がウケた、ピン芸人のパッション屋良さん(40)。ブレーク前も苦労したが、その後、ヒドい極貧生活に陥って……。

 お笑いは学生時代から好きだったけど、“人を笑わせてメシ食えるなんて、世の中そんなに甘くないよな”と思い、体育教師を目指して上京し、体育学部に入りました。でも、当時は芸人ブームが始まっていて、テレビつけるとネタ番組ばかりやってる。「やっぱりオレもやりたい!」と決意して芸人の事務所に入りました。ただ、売れなかった時のためにちゃんと卒業して、教員免許も取ってから(笑い)。

 バイト時代に苦労したのはメシです。まだ若いし、体育系だからご飯はすごく食べる。でも、お金がないから、お茶漬けの素ひとつでメシを3合食ったり。焼き肉屋でバイトした時は賄いで牛肉丼を好きなだけ食べて、アパートで食べる用に冷凍肉を持って帰ったり。同じ沖縄出身の彼女がいたんですけど、「たまには外食しようか!」と誘っても、お金を使わないため、レストランに行く前にコンビニのパンである程度、お腹を満たしてから店に入ってた。




 彼女とは沖縄にいたころからずっと付き合ってて、アパートは大家が住む家の隣の駐車場の上を増築した一間の部屋。大家さんが車を出し入れするたびガタガタ揺れて(笑い)。家賃は安かったけど、不安定な造りで、目の前の道路をトラックが通ると、テレビの上の物が全部倒れるくらい。

 彼女は勤め人で僕より収入がよくて。家賃は折半にしてたけど、僕がちょっとテレビに出始めた時は、貧乏なのにバイトもできず、時間も金もない。もうバイトするのも面倒くさいから、「俺のこと養ってくれる?」というのがプロポーズの言葉でした、ハハハ。それに彼女は「いいよ」と。05年だったかな。結婚指輪は渋谷で買った6000円の超安物。今も持ってますよ。

■体育教員免許を持っていて良かった
 ただ、その後はピン芸人としてテレビや営業で忙しくなって! 奥さんも喜んでくれたけど、数年後にはまた暇になっちゃって。子供が2人いたけど、預けられる施設が見当たらないから、奥さんは働けないし、5年前に「子供を育てやすい沖縄を拠点に活動しよう」と決め、2人で帰郷しました。

 地元の局で、自分でプロデュースしてバラエティー番組を作ったり、東京から芸人を呼んで広い会場でイベントやったりもしました。でも、イベントを手伝うと言ってきた人に金を使い込まれて……。まだ若かったからあまり考えずにデカいイベントも企画したけど、お客はあまり入らず、借金を背負いました。その時期は子供がまた2人生まれて、4人に増えちゃって! 一番キツい時期でした。

 すごい貧乏で、夫婦仲も悪くなり、僕はストレスでブクブクに太り、本当に地獄でしたね。それでも、頑張って体を引き締め、この1年ちょっとで20キロ痩せ、「もう一度頑張ろう!」と鍛え直し、スポーツのパーソナルトレーナーになりました。芸人になる前、体育教師の免許を取っておいたのもよかった。今はジムで若者から高齢者まで教えています。それで地道に借金を返してる。
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2016年11月26日

「ワイドナショー」に久々乙武洋匡氏(40)が出演予定 11月26日

「五体不満足」の著者で作家の乙武洋匡氏(40)が、27日に放送されるフジテレビ系「ワイドナショー」(日曜前10・0)に出演することが26日、発表された。乙武氏の自宅をダウンタウンの松本人志(53)、番組MCの東野幸治(49)、タレント、ヒロミ(51)、社会学者、古市憲寿氏(31)が訪問し、不倫騒動後の生活や離婚の真相を語るとしている。


 乙武氏は今年3月、「週刊新潮」で女性5人との不倫を報じられた。当時は自民党からの参院選出馬が確実視されていたが断念。40歳の誕生日の4月5日に東京都内で開いた「囲む会」で関係者に謝罪し、夫婦でやり直すと誓った。しかし、6月には家族との別居を報じられ、9月に離婚していた。









「五体不満足」の著者で作家の乙武洋匡氏(40)が、27日に放送されるフジテレビ系「ワイドナショー」(日曜前10・0)に出演することが26日、発表された。乙武氏の自宅をダウンタウンの松本人志(53)、番組MCの東野幸治(49)、タレント、ヒロミ(51)、社会学者、古市憲寿氏(31)が訪問し、不倫騒動後の生活や離婚の真相を語るとしている。


 乙武氏は今年3月、「週刊新潮」で女性5人との不倫を報じられた。当時は自民党からの参院選出馬が確実視されていたが断念。40歳の誕生日の4月5日に東京都内で開いた「囲む会」で関係者に謝罪し、夫婦でやり直すと誓った。しかし、6月には家族との別居を報じられ、9月に離婚していた。


「五体不満足」の著者で作家の乙武洋匡氏(40)が、27日に放送されるフジテレビ系「ワイドナショー」(日曜前10・0)に出演することが26日、発表された。乙武氏の自宅をダウンタウンの松本人志(53)、番組MCの東野幸治(49)、タレント、ヒロミ(51)、社会学者、古市憲寿氏(31)が訪問し、不倫騒動後の生活や離婚の真相を語るとしている。

 乙武氏は今年3月、「週刊新潮」で女性5人との不倫を報じられた。当時は自民党からの参院選出馬が確実視されていたが断念。40歳の誕生日の4月5日に東京都内で開いた「囲む会」で関係者に謝罪し、夫婦でやり直すと誓った。しかし、6月には家族との別居を報じられ、9月に離婚していた。
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2016年11月25日

爆報!THE フライデー 11月25日 星野ドラゴンズ優勝に貢献した仁村(兄)の現在

星野ドラゴンズ優勝に貢献したイケメン兄弟「仁村兄弟」の兄は今…
1998年、ドラゴンズが初リーグ優勝を果たし、優勝に貢献したのがイケメン兄弟と言われた「仁村兄弟」。兄の仁村薫は代打の切り札として大活躍、27歳の頃に結婚し3人の子宝に恵まれた。1999年に31歳で現役を引退、表舞台から姿を消した。


仁村薫は現在、埼玉・川越市で農業を営んでいる。引退後は弟・徹と共に兄弟揃って楽天のコーチを務めたが、父が他界したため農家の跡取りとなった。受け継いだのは9000坪の土地だが、農業が全くわからない状態だった。更に毎年200万円の赤字で経営危機に陥っており、問題は米の等級問題。仁村の米は等級がついていないランク外、等級検査を受けておらず等級すら与えられていなかった。


経営難のいま、仁村は一発逆転をかけ一等米の称号を狙っている。等級検査に合格するため4年ほど努力を重ねており、良い米を育てるため肥料に拘っている。通常は牛・豚・鶏の糞などを使うが、仁村は豚の糞とおからを組み合わせている。今年になり自身の最高傑作がようやく完成した。





元中日の仁村薫が米農家の存続をかけて挑む等級検査。4年間の集大成となった今年は新米500キロを収穫、検査に挑む。検査は持ち込んだ全ての袋を確認し格付け、未熟枚の有無や形のバランス、水分量などをみる。結果は一等米に認定、米袋には念願の一等米の証がつけられた。


仁村が美味しいご飯の炊き方を紹介。お米を炊く時に氷を入れることで水温の上昇がゆっくりとなる。これによりお米もゆっくりと水分を吸収するため、粘り気と旨みのあるお米となる。


スタジオで出演者らが仁村薫の新米を味わった。ゲストの石川牧子は「水分の量が程よい感じで美味しい」とコメント、更にアンガールズ山根は「ナゴヤドームで販売したら凄く売れる」とコメントした。
posted by 得笠野 哲太 at 20:38| あの後どうなった? | 更新情報をチェックする

2016年11月24日

京大出身初のプロ野球選手ロッテの田中英祐投手減額制限いっぱいの25%減でサイン

ロッテの田中英祐投手が千葉市内の球団事務所で契約更改を行い、減額制限いっぱいの25%減となる年俸1005万円でサインした。


 今季はイースタン・リーグで1試合の登板に止まった。京大出身初のプロ野球選手として話題となったが、来季が3年目。田中は「なかなか思うようにいかなかった1年だった。


このままじゃいけない。来年は勝負の年」と気持ちを引き締めた。秋季キャンプで肺炎になるなど厳しい状況だが、「アマチュア時代の打者に向かうスタイルを取り戻す」と巻き返しを誓った。






ロッテの田中英祐投手が千葉市内の球団事務所で契約更改を行い、減額制限いっぱいの25%減となる年俸1005万円でサインした。


 今季はイースタン・リーグで1試合の登板に止まった。京大出身初のプロ野球選手として話題となったが、来季が3年目。田中は「なかなか思うようにいかなかった1年だった。


このままじゃいけない。来年は勝負の年」と気持ちを引き締めた。秋季キャンプで肺炎になるなど厳しい状況だが、「アマチュア時代の打者に向かうスタイルを取り戻す」と巻き返しを誓った。


ロッテの田中英祐投手が千葉市内の球団事務所で契約更改を行い、減額制限いっぱいの25%減となる年俸1005万円でサインした。


 今季はイースタン・リーグで1試合の登板に止まった。京大出身初のプロ野球選手として話題となったが、来季が3年目。田中は「なかなか思うようにいかなかった1年だった。


このままじゃいけない。来年は勝負の年」と気持ちを引き締めた。秋季キャンプで肺炎になるなど厳しい状況だが、「アマチュア時代の打者に向かうスタイルを取り戻す」と巻き返しを誓った。








posted by 得笠野 哲太 at 13:40| あの後どうなった? | 更新情報をチェックする

舛添要一元東京都知事、赤坂の和食料理店で目撃される

「顔はすごくやつれていました。オーラもないというか……。身体もやせてしまったのか、着ていたスーツがブカブカに見えました」(居合わせた客)
11月初旬の夜、前東京都知事の舛添要一氏が現れたのは、赤坂のとある和食料理店。政治資金問題で辞任後は、公の場に出てくることがなかっただけに、ひとり寂しく夕食……と思いきや、

「5人ほどで来ているのを見ました。一緒にいたのは、自民党幹事長の二階俊博さんと前内閣特命相の島尻安伊子さん。それから、議員らしき2人の方がいました」(前出・居合わせた客)
舛添氏と一緒にいた二階幹事長と島尻さんは、いずれも現役の自民党議員でかなり重要なポストに就いている。
「二階さんは、自民党の幹事長。選挙活動の指揮や国会運営、法案審議、さらには自民党の財政や人事の管理などに携わる役職です。島尻さんは現在、内閣府大臣補佐官を務め、沖縄振興や子どもの貧困対策など安倍政権のキーとなる政策に関わっていますよ」(全国紙記者)




そんな大物たちと赤坂で密会とは、まるで“政治家”のようだ。まさかこの会食は、舛添氏の政界復帰への布石!? その可能性を“精査”すべく、都内にある彼の自宅へ向かった。

11月某日の夕方、白い帽子をかぶり、黒色のジャンパーに紺色のジャージをはいた舛添氏が出てきた。最寄りの駅方面に向かって歩きだしたところを直撃した。─舛添さん、週刊女性です。
「いや、もういっさい、取材には応じていませんから」
 声をかけると、一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに表情が硬くなった。
─最近、自民党の二階さんたちと会食をされていたようですが、政界復帰を視野に入れてのことですか? 

「取材にはいっさい、応じられません。はっきり言います。それだけです」
 強い口調で、こちらの顔をまっすぐ見る。だが、その顔はやはり、頬がこけていて、シワも増え、一気に老け込んでしまった印象だ。

─おやせになったように見えますが、体調がすぐれないのでしょうか? 
「…………」
─次の参院選に出馬されるおつもりなのでしょうか。
「…………」
─小池百合子都知事に何かひと言お願いします。
「…………」
 こちらが何を質問しても無言を貫き、そのまま街へと消えていった。後日、所属事務所にも問い合わせてみたが、「何も話すことはありません」

という回答しか返ってこなかった。
posted by 得笠野 哲太 at 07:34| あの後どうなった? | 更新情報をチェックする

2016年11月22日

元中日 種田仁(現在、内装業) 無免許とスピード違反で捕まる 

岩手県警は21日、無免許でスピード違反をしたとして、道交法違反の疑いで元プロ野球選手の会社員種田仁容疑者(45)を逮捕した。


 県警によると、種田容疑者は勤めている内装業の営業で運転していたが、免許停止期間中だった。「免許停止は明けていると思っていた」と話しているという。


 種田容疑者は上宮高から1989年ドラフト6位で中日に入団し、横浜、西武で活躍した。ガニ股打法で話題になった。引退後は楽天でコーチを務めるが2012年1月に一身上の都合で辞任していた。







posted by 得笠野 哲太 at 01:58| あの後どうなった? | 更新情報をチェックする

2016年11月05日

離婚騒動後、ブラッド・ピット(52)はどうなった? 豪邸に引きこもり、病院に通院?

米女優アンジェリーナ・ジョリー(41)から離婚を申請されて失意のどん底にいると言われる俳優ブラッド・ピット(52)が、健康面で問題を抱えている可能性が浮上した。ピットがビバリーヒルズにある著名な感染症の専門医を早朝に極秘で訪れていたと芸能情報サイトRadaronlineが報じた。どんな症状で何の病気なのかは分かっていないが、ピットは病院が開く前から外で待っていたという。

 ピットは離婚のショックに加えて長男マドックス君への虐待疑惑でFBIの調査を受けており、イベントなど公の場での仕事をキャンセルし、自宅にこもっていると言われている。離婚申請と共にジョリーは6人の子供を連れて自宅を出ており、広い家に一人で取り残されたピットは、孤独を抱えて精神的ショックから病気になった可能性もある。一方、子供たちとの思いでの詰まった家を手放し、新たな場所で人生をやり直そうと考え始めているとHollywood lifeは伝えている。




米女優アンジェリーナ・ジョリー(41)から離婚を申請されたブラッド・ピット(52)は、今も失意のどん底にいると言われており、親友の俳優ジョージ・クルーニーが毎日のように電話で励ましているという。

家に一人でこもってほとんど外出もしないピットを、気分転換させるためにクルーニーは自宅で開催する大規模なハロウィーンパーティーに誘ったという。嫌なことを一時でも忘れて楽しんで欲しいと考えたようだが、社交的な場を避けているピットがパーティーに参加したかどうかは分かっていない。

9月19日にジョリーが離婚を申請して以降、2人は離婚に向けて共同で購入した不動産の売却を進めており、米ニューオリンズに所有していた邸宅を490万ドル(約4億9000万円)でこのほど売却したことが明らかになった。2007年にハリケーン・カトリーナで大きな被害を受けたこの土地への貢献として、350万ドル(約3億5000万円)で豪邸を購入していた。また、挙式をあげた思い出の場所でもある南仏の古城もすでに売りに出しており、ピットにとってはまだまだ辛い日々が続いている。
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2016年10月07日

オリンピックメダリストの末路


リオオリンピックで盛り上がった2016年、しかし1年たつと記憶から
忘れられ、運が良ければ2020年東京オリンピックで注目を受けるが
その後は・・・。

指導者の道や、芸能界、タレントになる人もいるだろうが、多くの
人が普通の人になる。

まあ、普通の生活に戻るならいいが、中には不幸な運命を歩むメダリ
ストもいる。少し、過去のメダリストを調べて見ました。

①谷亮子(田村亮子)柔道
2016年の参議院選には出なかったようですね。今は、本当にタダの人になって
います。まあ。議員になっていたからということもあるんでしょうが、今回
のリオでも存在感ありませんでしたね。議員でも目立った実績もなかったし。
何かあれだけヤワラちゃんとして騒がれていたのに、完全の女子レスの彼女
たちに押されて完全に世間から忘れ去られてしまいましたね。

②高橋尚子 マラソン
リオがらみで多少のTV出演はありましたが、本業のマラソンの解説は増田明美
の解説が面白すぎてほぼ彼女に独占されています。以前はTVのQチャンコーナー
がありましたが、いつの間にかなくなってます。
写真誌にパチンコを11時間やっているところを撮られてましたね。燃え尽き症候群
ですかね。

③内柴正人 柔道
2014年に強姦罪で懲役5年で、今、服役中です。まあ、出所後もまともな生活はでき
ないでしょうね。さすがに格闘家に転身も無理でしょう。まあ、どっかで静かに暮ら
すことですね。なんか再犯しそうな気がする。

⑤石井 彗 柔道
総合格闘家に転向。結婚も2回したが離婚。総合格闘技自体も目立った活躍を見せて
いない。柔道に復帰するにしても3年待たなくてはならないので、実現は難しい状況。
明るい性格なのでタレント向きともいえるが篠原ほどインパクトがないので厳しいか。

⑥清水宏保 スケート
離婚 番組降板 新党大地から立候補 落選ときて今は北海道で細々と接骨院を経営
している。

⑦イアンソープ 競泳
引退後の生活に順応できずに10年間アルコール中毒とうつ病に悩まされる。1度は復帰
したが代表になれずまた、精神的におかしくなり徘徊、奇行を繰り返して入退院を繰り
返す。最近、同性愛者であることをカミングアウトする。
posted by 得笠野 哲太 at 06:20| あの後どうなった? | 更新情報をチェックする

2016年09月11日

9.11 アメリカ同時多発テロから15年 アフガンが更に酷いことに

9.11アメリカの同時多発テロから15年が経過している。どうしても、アメリカの動向ばかりが注目されるが、戦乱の舞台になったアフガニスタンは今、どうなっているんだろうか?

(タリバンが勢力を盛り返してきている)
テロ前からアフガニスタンを支配してきた(イスラム教の原理主義を標榜する組織)女性の人権無視、教育の排除等を推進するなど、問題の多い組織であった。ただ、決定的だったのは、9.11テロの首謀者とされるビンラディンを匿った為、アメリカがアフガニスタンに軍事介入する契機となった。先月も首都で死亡者150人規模のテロが発生している。

一時は壊滅状態になったものの、隣国のパキスタンに逃れ、戦力を温存し、アメリカ軍が一昨年、撤退したのを機に勢力を盛り返し、今、国土の半分以上を支配地域としている。アメリカは現在、軍事指導等、協力しているものの政府軍、警察の戦力不足、経験不足が深刻で「これでは勝てない」と政府軍を離脱する兵士も多い。

(新勢力 ここにもISの影)
タリバンに加え、イスラム国に忠誠をちかった組織が、地方都市に進出、支配下に置いている。順次、政府軍が奪還している状況だが、民間人の被害もいまだ甚大な状況にある。

(全然、未来が見えない)
家族を理不尽に殺害され、大学の進学をあきらめざる得なくなり、働いている若者。息子6人を全員殺害され、孫32人を残され途方に暮れる老婆・・・。それらに対して政府は援助が出来ていない。

(大国の身勝手な軍事介入の結果)
アフガニスタンについては、1978年の当時のソ連のアフガン侵攻から始まり、テロ組織のアルジャジーラの前身組織が結束された経緯がある。そしてアメリカの介入と半ばでの撤収。いつも翻弄されるのは民間人である。


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