2017年01月07日

モンスターボックス引退の池谷直樹、年収1000万から300万に激減!

スポーツバラエティ番組で「モンスターボックス」と呼ばれる巨大跳び箱に挑戦し有名になった池谷直樹だが、昨年引退を表明。そんな彼がWEBマガジン「週刊ジョージア」の「ほろ苦インタビュー」に出演。現在の状況を語った!!
【写真】池谷から読者への直筆メッセージ!「失敗なんて…」
■ 社長になり年収激減!?
――昨年の「最強スポーツ男子頂上決戦」で、20段が跳べなかったということで引退を。

まあ、年齢もありますからね。そろそろ、若手に道を譲らないと。
それに、僕は今「サムライ・ロック・オーケストラ」(以下、サムライ)という会社を経営していて。
「マッスルミュージカル」など、筋肉を使ったパフォーマンス公演の主宰・総合演出をしているんです。
少しずつ、そっちに主軸を移しているというのも理由ですね。

――社長業を?すると、正直なところ「スポ男」で頑張らなくても、もうかるようになったから引退とか…。

いやいや!全然ですよ!!
借金して会社を立ち上げたんですが、本当にもうかりません(笑)。
出演者へのギャラとか、場所代、移動代などを払って…僕個人の手元に残るのは少しだけ。
タレントとして仕事をたくさんしていたときは年収1000万くらいだったんですが、今はその3分の1…300万くらいですよ。
しかも、ほとんど休みなしで働いているから時給200円とかかな(笑)。

――えっ、では、タレントだけやっていた方が良かったのでは…なぜ、経営を?

元々「マッスルミュージカル」は違う人が主宰していて、僕は出演者の1人だったんです。
2001年にスタート。2007年には渋谷に常設会場もでき、年間約300公演、ほぼ毎日やってもお客さんが入るくらいの人気公演で。
ショービジネスの本場、ラスベガスでもやったりしました。

――すごいですね。

僕はメイン演目のひとつである跳び箱を跳んでいたんですが、途中から座長になり。
制作サイドと話し合ったり、演出の手伝いをしたりもしていて、
「このまま続くなら、いつかは総合演出とか、制作側の仕事もせなアカンのかな」
と考えていたんですよ。
でも…公演自体が2011年の震災をきっかけにストップして。
復活の見込みがなかったんです。




――震災の影響がそんなところにも…。

僕は、きっかけはテレビでしたが、定期的に「マッスルミュージカル」に出演させてもらうことで、食べていくことができました。
だから、本当に感謝していたんです。
また僕以外にも元スポーツ選手がたくさん出演し、活躍の場となっていました。
でも、その人たちの働く場所がなくなってしまったんです。
だったら、「自分で作るしかないな…」と。
■ 初公演で“悪い大人”にダマされ借金…
――そんな理由があったんですね。

でも、大変でしたよ。
色々な手続きに時間がかかり、正式に「マッスルミュージカル」の名前を継いだのは2016年なんですが。
震災の翌年、2012年には僕が主宰の公演を行っていたんです。
その最初の公演で、「お金を出す」と言ってくれた人にダマされ、追加で借金ですよ…(笑)。

――ダマされた?

約束では、その人がお金を出して、制作はうちの会社が行うことになっていたんです。
だけど始まってみると、お金が不足していると。
どうやら、その人も自分のお金ではなく「池谷直樹がこんなことをやるから、みなさん制作費を提供してください」と、集めていたようなんですね。
そして、そのお金の一部を、こちらに回さず自分の会社に入れていたみたいで…。




――そんなことが…。

本当なら10都市公演のハズだったんですが、九州に行くにはお金がないと。
だから、九州公演はチケットも売ってしまっていたのに中止ですよ。
結局は1000万円くらい赤字になり、僕が自腹を切ったり、借金したり…スタートから“苦い”経験を味わいました。

――大変でしたね…。

だけど、最悪は自己破産すればいいかなって(笑)。

――ええっ!

それくらいの“覚悟”ということですけどね。
僕は…体操選手としてはオリンピックに出場できなかった。
銀メダリストであるアニキ・池谷幸雄にコンプレックスもありました…というか、今でもあるんです。
でも、偶然が重なりこういう形で食べていけるようになった。
一方で、日本代表クラスになっても、引退後はそれを仕事に繋げられないという人もたくさん見ていて。
だから、そういったアスリートのセカンドキャリアの場として「サムライ」が機能するようにしたいんです。
パフォーマーとして出るだけじゃなく、社員として働いてもらうことも含めて。

――そういった方も?

ええ。出演しながら、営業をやっている人間もいます。
だから…立ち上げのときに8000万くらい借金して、それを返しつつなんとかやっていますが、続けられればいいんですよ。
ダマされたって、失敗をしたって、継続していれば“簡単に跳び越えられる”ときが来ると思っていますから。
posted by 得笠野 哲太 at 13:25| あの後どうなった? | 更新情報をチェックする