2017年01月02日

棚橋弘至、崖っぷちからの復権 エースが思い激白

新日本プロレスのエース、棚橋弘至(40)が、4日の東京ドーム大会に復活をかける。昨年、IWGPヘビー級王者オカダ・カズチカに敗れ、今年は6年続いていたドーム大会メインの座を明け渡すことになった。試練の1年を経て、棚橋がもう1度エースとして輝けるか。IWGPインターコンチネンタル王者内藤哲也への挑戦は、棚橋の復権をかけた戦いだ。

 棚橋には、苦難を乗り越えるイメージ力がある。新日本プロレスがどん底にあったときも、自分が団体のエースになるために必要なことをイメージし、具体的に実践することでエースの座をつかんだ。今回の東京ドーム大会の内藤戦も、世代交代がかかる崖っぷちの戦いだ。

 棚橋 ボクはプロレス界に世代交代はないと思っています。確かに内藤が昨年起こしたムーブメントはすごかった。でも、4日のドームでは、ファンのみなさんの棚橋コールで内藤をねじ伏せるシーンが見えるんです。ボクは棚橋ファンの力を信じています。

 昨年1月4日の東京ドームメインで、オカダに挑戦して敗れた。その後、オメガとのIWGPインターコンチネンタル王座決定戦に敗れ、夏のG1前には左肩故障で長期離脱。復活したG1後も、ベルトに絡むことはなかった。しかし、その間、棚橋はテレビドラマや映画に出演。自分を通じてプロレスを世間にPRする活動は、先頭を切って行った。




 棚橋 ベルトには絡まなかったけど、ボクも忙しく活動していた。ただ、ボクへの期待値が高い分、それに応えられなかったのは確か。その間、内藤とロス・インゴベルナブレスが勢いを増してきた。ケイオス、そしてバレットクラブ、ロスインゴとヒールブームが続いている。ここらでリセットして、正義が勝つということを示さないといけない。

 ヒール転向した内藤は、常に棚橋の背中を追いかけてきた。自分の次のエースとして期待した時期もあった。しかし「いろんなところで惜しい存在。半分あきらめていた」という男が、16年は大ブレーク。「東京ドームではオレがとどめを刺してやる」とキバをむいて向かってくる。

 棚橋 プロレス界は少しずつ人気が戻ってきて、レスラーも、社員も安心しているところがある。でも、ボクにはやり残したことがいっぱいある。内藤戦では、なんとしても踏みとどまって、もう1回チャンピオンベルトを取りますよ。チャンピオンベルトというのは、プロレスを知らない人にも届く、ジャンルを超えた交通手形のようなもの。これを持って、もっともっと新日本をお茶の間に広げていきます。




 40歳になっても棚橋は疲れない。プロレス業界への使命感がある限り、棚橋に限界はない。【構成=桝田朗】

 ◆棚橋弘至(たなはし・ひろし)1976年(昭51)11月13日生まれ、岐阜県大垣市出身。立命大法学部から99年4月に新日本入団。同年10月の真壁刀義戦でデビュー。06年7月にIWGPヘビー級王座初戴冠。以降、同王座最多戴冠7回、同王座連続最多防衛11回、同王座通算最多防衛28回と記録を独占する。G1優勝は07年、15年と2回。得意技はハイフライフロー。181センチ、103キロ。
posted by 得笠野 哲太 at 08:15| プロレス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする