2016年12月29日

いじめられっ子から起業家へ、好転のきっかけは「認められたこと」 山口絵理子◎マザーハウス代表兼チーフデザイナー

「途上国から世界に通用するブランドをつくる」という理念をもと、山口絵理子は2006年にマザーハウスを設立した。自らバングラデシュ、ネパール、インドネシアなど現地へ赴き、職人と交渉をしながら、レザーのバッグやストールなどのデザイン・生産を行い、2015年からインドネシア、2016年からはスリランカの資源を使ったジュエリーの取り扱いも開始した。

現在の生き様を聞けば強くたくましい印象を受ける彼女だが、小学校時代はいじめられっ子で不登校になっていた時期もある。どのようにして山口絵理子という女性は形成されてきたのか。話を聞いた。

谷本有香(以下、谷本):山口さんは今のご活動の根底には、小学校時代にいじめられていた経験があるとおっしゃっていますね。ある意味、山口さんは学校社会において異分子的存在だったと思うのですが、異分子だったからこそ、今の自分があるとも。異分子であることは生き辛いことでもあったと思います。

山口絵理子(以下、山口):自分の異分子的な要素を、尊重すべき個性だと気づかせてくれる出会いが重要でしたね。私は小さな頃から辛いことがあると絵を描く癖があって、学校に行っていない間もずっとお絵描きしていたんです。




それを見た母が「えりちゃんは学校に行かなくても、絵が上手いね」と言ってくれた。人から認められる個性が自分にもあると、気づかせてくれたんですよね。そこにデザイナーになった原点があります。

谷本:お母様の他にも、竹中平蔵さんが山口さんの個性を認めてくださっていますね。慶應義塾大学の竹中ゼミを受けている大勢の学生うちの一人だったはずなのに、竹中さんは今でも山口さんのことはきちんと記憶していらっしゃる。人の記憶に残るような個性の出し方というのはあるのでしょうか。

山口:竹中先生に対しては、最初の講義の時に先生の理論を私が否定したんです。でもそれは、一目置かれようとしたかったわけではなくて、ただ単純に不思議だと思ったからいっただけなんです。




子どもの頃から私は、自分がわからないことは、腑に落ちるまで聞いてしまう。それが学校社会から排除されてしまった理由にもなっていて、小学校の校長先生にもなぜ前習えをしなくてはいけないのかと聞いたり、コンビニの募金箱の存在が不思議でしょうがなくて、大人に何でこれはあるのか、と尋ねるような子どもだったんです。

竹中先生は、理論を批判した私を怒るのではなく、面白がってくれたんですね。大笑いしてました。その日、トイレの前ですれ違いざまに「良かったですよ」と言ってくださったことは、とても嬉しかったので今でもよく覚えています。

大人になってからは、バングラデシュに行ったことも大きかったです。多様な価値観と出会ったことで、自分という人間もアリなんだと思う経験ができたのは幸福なことでした。本当に、出会いが大切です。

谷本:どうやったらいい出会いに巡り会えるのか悩む人もいると思います。山口さんの場合は、良き理解者、良きパートナーをどのように見つけ出すのですか?

「ケンカ」も理解し合う手段
谷本:日本人はケンカを避けてしまうというか、ケンカの仕方がわからない部分がありますよね。お互いの理解を深め合う建設的なケンカをするためのコツはありますか?

山口:ケンカの方法は人それぞれあると思うのですが、本音で言い合うことが重要ですね。相手を批判する目的ではなくて、根底には自分の強い思いがあって、それを理解してもらいたい、あるいは、自分の信念と相手の信念がぶつかってしまっているところを、どうしてぶつかってしまうのか理解するために本音を言う。

谷本:学生の間でも山口さんがされているようなソーシャルビジネスに憧れる人は多いですし、山口さんのような女性になりたいと思う人もたくさんいます。どのようなことを伝えたいですか。

山口:途上国に行くこと自体がゴールじゃない、ということです。途上国の人々と一緒に商品をつくり、その価値に対して、購入するお客様がどれだけ満足できるか、を一番に考えるべきです。

それから、自分がやりたいものを見つけて、極めていきたいと思う技を持つことです。私の場合は、バングラデシュに行ってみて、自分にはデザイナーとしてのスキルがあるのにやりたいビジネスが何もできない、という悔しさがあったんです。デザイナーは絵を描いているだけではだめだと気付き、そこから、デザインに生かすために素材のことや職人のことを学ぶようになった。




カバンをつくる、ということを極めたんです。最近始めたジュエリーも同じですが、野望だけでは何もできない。極めようと思うことが大切です。とにかく一つのものを続けて見ることが大事です。

私は絵が好きで、得意でもあったので、デザイナーになるためには恵まれている状況でした。技を極めるには好きと思う気持ちと、得意あることの両方が揃っているのがベストです。でも、好きでも得意でないことや、あるいはうまくできるのに自分はそこまで好きでないこともありますよね。そういう組み合わせは、誰しもが何通りも持っているものであるから、いろいろやってみて、好きと得意のパズルのピースが合うまで続けてみることが大切です。

谷本:もし山口さんが一生を終えた時、人からどのように表現されるような生き方をしていきたいですか。

山口:死ぬ間際まで現場を見守り続けて、最後は工場で死にたいと思っているんです。人からは「最後までものづくりして、職人の価値をつかって人々の心を動かすということを求めていった」と言われたいですね。

山口絵理子◎マザーハウス代表兼チーフデザイナー。慶應義塾大学卒業。バングラデシュBRAC大学院開発学部修士課程入学。現地で2年間、日本大手商社のダッカ事務所にて研修生を勤めながら夜間の大学院に通う。2年後帰国し株式会社マザーハウスを設立。

山口:所属している組織によって、否定されたり面白いと言われたり、自分の評価は変わります。だからこそ、私は環境によって自分を変えたりはしません。それから、率直に自分の意見を言うことですね。

マザーハウス副社長の山崎大祐とも、会社を設立して3年目の頃は関係が険悪だったのですが、あえて喧嘩を避けないようにしていました。1日に何時間も、お互いのどこがどう嫌なのか率直に言い合っていた。私の人間性まで否定されたりして、悔しい思いもしましたよ。

でも、思っていることをすべて言い終わってみるとすっきりすると同時に客観的になれて「とは言っても、この人がいなければ自分のビジネスは成立していない」と気づけるんです。私がビジネスに対して理解が不十分なところを彼が補ってくれているし、彼ができないことを私がバングラデシュやスリランカなどの現地で成し得ている。それでお互いの存在の重要性に気付くんです。
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posted by 得笠野 哲太 at 21:29| 2016 特異な人 | 更新情報をチェックする