2016年10月30日

朴槿恵(パク・クネ)大統領のスキャンダルの黒幕 宗教集団「セマウム奉仕団」

朴槿恵(パク・クネ)大統領のスキャンダルに、韓国全土が震撼している。 ことの発端は10月24日。韓国三大新聞の一つである中央日報傘下のケーブルテレビ局JTBCの報道。朴大統領が、自身の公務に関わる機密資料を、崔順実(チェ・スンシル)という女性に漏洩させていたというもの。

JTBCの報道によれば、漏洩した資料の中には、国家安全保障に関わる資料や大統領の演説原稿、スケジュールなども含まれており、事態の深刻さから報道の翌日25日には大統領自らが国民に向けて謝罪した。

だが、世論は収まらない。この崔氏の周辺があまりにも不穏だからである。大統領の「秘線実勢」疑惑としてメディア総動員の報道合戦は日に日にその激しさを増している。






 この疑惑。掘り下げていくと40年以上も遡らなくてはいけない。
はじまりは1974年、文世光事件とも呼ばれる、朴大統領の母親である陸英修氏の暗殺事件。ちなみに時の大統領は朴大統領の父親である朴正熙。要はファーストレディーの暗殺事件である。

母親を失った朴槿恵は悲しみに暮れる。そこに現れたのが、崔順実氏の父親である崔太敏(チェ・テミン)氏。母親の想いを伝えに来たと朴槿恵に接近し、心の隙を突くようにいつしか彼女の隣に居座った。この崔太敏氏は1975年4月に大韓救国宣教団を創設し、自身が総裁になり、朴槿恵を名誉総裁に据える。その後、1979年には組織を「セマウム奉仕団」に改称し、各地域は勿論のこと大学や企業内にも支部などを開設し急速に組織を拡大させる。

この「セマウム(新しい心)奉仕団」は表向きには国民の精神教育やボランティア活動などを行っていたが、水産物市場の運営権に食い込むなど各種の利権にも手を出し、その運営基金を大企業の総帥や役員から拠出させた。この「セマウム奉仕団」の「大学総連合会」の会長こそが、崔太敏氏の娘でもあり、朴大統領が機密文書を漏洩させていた崔順実氏である。
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ちなみにこの間、崔太敏氏は「永生教」という新興宗教を立ち上げ、教祖にもなっている。 娘に接近する崔太敏氏に不穏な空気を感じた朴正熙大統領は、当時の大統領秘書官であった鮮于連(ソヌ・リョン)を通じ、崔太敏の排除を命じるものの、朴槿恵の懇願もあり曖昧に事を済ませてしまう。

当時KCIA(韓国中央情報局)の部長であった金載圭(キム・ジェギュ)が、この件について徹底した対応を大統領に進言するが受け入れられず、このことが、1979年に金載圭が起こした朴正熙大統領暗殺事件の動機の一つであると語っている。

朴正熙大統領が暗殺されたあと、朴槿恵は暫くの間、表舞台から姿を消す。朴大統領の言葉によれば、この間も崔順実氏は自身を支えてくれたという。1997年にハンナラ党への入党を機に、再び表舞台に現れた朴槿恵は、2004年には国会議員に選出される。その時の秘書室長が崔順実氏の夫である鄭允会(チョン・ユネ)氏。以後、崔氏と鄭氏は朴槿恵の側近として彼女の活動をサポートする。ちなみに崔太敏氏は1994年に亡くなっている。

話は脇道に逸れるが、産経新聞ソウル支局長が、セウォル号事故の際に朴槿恵大統領が7時間に渡り男性と密会をしていたとコラムに書き名誉棄損の罪で逮捕された事件があったが、その相手こそが、崔氏の夫―鄭允会氏である。

40年にもおよぶ闇の密月関係
ここからは、崔順実夫婦(2014年に離婚)と朴槿恵大統領に関わる「疑惑」である。崔順実氏が実質会長を務める「ミル財団・Kスポーツ財団」に大統領権限を行使し多額の寄付金を集めている。

朴槿恵大統領が決めた人事に関わっている。少なくとも現在「青瓦台の権力3人組」と呼ばれている李在万補佐官ほか2名は、朴大統領が国会議員だったころに崔氏夫婦が推薦している。
崔氏の娘である鄭ユラ氏の、梨花女子大(韓国の名門女子大)への不正入学及び進級操作に関わっている。

その他、外交や国税、資金集めに関わる様々な憶測が疑惑として報道されており、韓国の報道では「青瓦台の権力順位は、1位 崔順実、2位 鄭允会、3位 朴槿恵」とまで揶揄されている。

現在、崔順実氏は娘らとドイツで暮らしており、韓国「世界日報」の単独インタビューによれば、大統領の演説原稿に手を加えたことは認めているが、それ以外は疑惑を全面的に否認している。また帰国し説明するとしているものの、今は飛行機に乗れないほど衰弱していると涙ながらに語っている。

 
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posted by 得笠野 哲太 at 23:30| 韓国スキャンダル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする